「子どもはかわいい。でも、子育てがしんどい」。そう感じているママは、決して少なくありません。名古屋市を拠点に、のべ2万人以上のママ・パパを支えてきたNPO法人ママライフバランス(通称ママバラ)の代表理事・上条厚子(かみじょう・あつこ)さんも、かつてはその一人でした。
2007年に長女を出産し、2015年の秋に産後うつと診断された上条さん。そこから脳科学や心理学を学び直し、2016年に子育てセミナーを始めました。現在は名古屋市の地域子育て支援拠点の運営を受託し、妊娠中のプレママから産後のママまでに伴走しています。
「良いママ」より「幸せなママ」へ。その言葉に込めた思いを、上条さんに聞きました。

「○○ちゃんのママ」として生きていた7年間
――まず、上条さんご自身の子育てのスタートを教えてください。
長女を出産したのは2007年です。それからの私は、いつのまにか「○○ちゃんのママ」という人格で、24時間365日生きるようになっていました。食事を準備するときも、服を選ぶときも、仕事を選ぶときも、誰といても、どこにいても、です。
気がつけば、年賀状は子どもだけの写真、LINEのアイコンも子どもだけの写真になっていました。「わたし」という存在が、どこかへ消えてしまったような感覚でした。
――当時は、それを「おかしい」とは思わなかったのですか。
思いませんでした。「母親なんだから、自分のことは後回しで当たり前」と自分に言い聞かせて走り続けていましたから。出産後は、子どもが社会人になるまで子育てに専念するか、1〜3年で社会復帰して必死に両立するか。私はこの2択しかないと思っていて、それ以外の選択肢も価値観も知らなかったんです。
産後の7年間は、今振り返ると、生きているのに自分というものが死んでしまったかのような毎日でした。首の皮一枚の理性で子どもに手を上げることはありませんでしたが、児童虐待のニュースを目にするたびに「あのお母さんは私だったかもしれない」と胸が痛くなります。
――そして2015年の秋に、限界が来てしまった。
心身ともに明らかな異変を感じて病院を受診したら、過活動膀胱、不安神経症、自律神経失調症、そして軽度の産後うつと告げられました。育児書はたくさん読んでいたんです。でも、読んだ通りにできない自分を、また責めるだけでした。
しんどさの正体は「努力不足」ではなく「思い込み」だった
――そこから、どうやって立ち上がったのですか。
子育てに関わる、脳科学や心理学を学びました。そこで気づいたのは、しんどさの正体は「わたしの努力不足」ではなく、「母親はこうあるべき」という無意識レベルの思い込みだったということです。
私が7年もの「産後うつ予備軍」の期間を経て産後うつに陥ってしまった最大の要因は、性別役割分業の思い込みが、女性にも男性にも刷り込まれていることだと思っています。令和になった今も、家事育児の主担当は女性、という無言の同調圧力がある。「母親たるもの頑張って当然」「みんなやっているから」と、頑張りすぎていることにすら気づけませんでした。
――「頑張りすぎている」ということに、どうやって気がつけたのですか。
私の場合は、「産後うつですね」と診断がつくまで気がつけませんでした。当時の自分の状態を振り返ってみると、慢性疲労、寝不足がデフォルト、夫にとてつもなくイライラする、子ども相手に感情的に怒りすぎてしまう、というのが7年継続していました。これが日常だったので、これが異常事態だ!ということに、気がつけませんでした。
「私だけじゃなかった!」
――2016年に子育てセミナーを始め、2018年に市民団体ママライフバランスを立ち上げました。どんな場所にしたかったのですか。
ママが「わたし」にかえれる居場所です。家庭でも職場でもない、ありのままの自分でいられる第三の居場所、サードプレイスが、子育て中の女性には必須だと思っています。
子どもが小さければ小さいほど、必然的に「ママ」でいる時間が長くなります。「私らしさ」を意識するきっかけや環境がないと、「個の私」で物事を選んでいく機会がなくなってしまう。「ママ」も「わたし」も、どちらも大切にしながら子育てをするスタイルを広めたい。それが「ママライフバランス」という名前の由来です。
――実際に来たママたちは、どんな様子ですか。
ママバラに学びにくるママたちは、ものすごく頑張り屋の方が多いです。がんんばりすぎのサインが出ているのに「頑張っている自分」に気がついてないママが多いです。
その気持ちがすっごくわかるから、私は「先生」ではなく「戦友」のつもりで講座をやっています。1回きりのセミナーでは人は変われません。少人数で半年間、となりで伴走するから無理なく続けられます。これまで途中でやめた方は、ひとりもいません。
――講座では、どんなことを大切にしていますか。
「知識」と「感情の扱い方」です。自分のイライラや怒りの原因を知り、夫婦の対話を学び、「私のトリセツ」をつくる。すると、子どもへの関わり方がやさしく変わっていきます。
『ママが“わたしらしさ”を見つけて家族丸ごと幸せ』をスローガンに講座を運営しています。ママが一人の大人として“心の底から”笑える状態まで伴走することを大切にしています。

プレママへ。「産後のしんどさは、産前に知らなかったことから始まる」
――ママバラは妊娠中のプレママにも力を入れています。なぜ「産まれる前」なのですか。
産後のしんどさの多くは、「産前に知らなかったこと」から始まるからです。
「お母さんはこうあるべき」という思い込みは、産まれてからではなく、妊娠中から育っていきます。そして産後は、その思い込みに気づく余裕がなくなる。妊娠中のいまなら、しくみを知ることと、話せる場所をつくっておくこと、その両方を先に手に入れられます。それだけで、産後のスタートが変わります。
――妊娠中の方には、どんな内容をお伝えしていますか。
産後のママたちが「子どもが生まれる前に知って準備していたらよかった」と言う内容を、ギュッとお伝えしています。産後のよくお聞きするお悩み、「育児で余裕がない」「自分の時間がない」への解決策と、「私らしい子育て」のヒントを見つけるワークも行っています。
ご夫婦で学びたい方には、妊娠期の夫婦向けの産前教育プログラム「親のがっこう」があります。名古屋市からの要請で、共働きのご夫婦向けの両親学級も主催してきました。

――プレママさんに、いちばん伝えたいことは。
私が産後にいちばんほしかったのは、正しい育児法ではなく、「それ、私もだったよ」と言ってくれる人でした。その人たちに、産まれる前から会っておけたら、と今でも思います。
産後の「仲間」は、産まれる前につくれます。ひとりじゃない子育ては、産まれる前から始められるんです。
名古屋から、全国へ。「産前教育」を当たり前に
――名古屋での活動について教えてください。
名古屋市の地域子育て支援拠点「ママバラ」(中川区)と「ママバラ吉根」(守山区)の運営を受託していて、オンラインと地域の拠点の両方で子育て家庭に伴走しています。オンライン子育て広場でつながった親子も合わせて10,000組以上、妊娠期から0〜3歳の親子支援はのべ20,000人を超えました。
私自身、名古屋市出身で、名古屋で2人の娘を育てています。名古屋のママが、名古屋で「わたし」を取り戻せる場所でありたいと思っています。
そして、名古屋にいながらも、オンラインスクールの強みを生かして全国のママ、海外にいるママともつながって、『ママが“わたしらしさ”を見つけて家族丸ごと幸せ』の輪を広げていきたいです。
――最近は秋田市での実証事業や、国の委員としての活動も目立ちます。
2026年5月に秋田市の「市長即決ピッチ」で採択していただき、「地元企業が子育てを支えるまちへ」をテーマに、妊娠期からの「共育て」支援を「秋田モデル」として構築する実証事業を進めています。企業で働く若手の方は、毎年何人かずつ「妻が妊娠した」「自分が妊娠した」というライフイベントを通過していきます。そこに企業版の両親学級を届ける取り組みです。
厚生労働省の共育(トモイク)プロジェクト推進委員や、名古屋市の男女平等参画推進委員も務めています。「産前教育」を国の施策として当たり前にすることが、私の目標です。
――なぜ、個人の支援にとどまらず、政策にまで踏み込むのですか。
今の子育て支援は、ありがたいことに「親子」に向けた施策が増えました。でもその施策が、「女性は出産後は母親としてこうあるべき」を助長して刷り込むことにもなっている。女性の「母親」側を応援すると同時に、「一人の大人として」の側も応援していかなければ、心のバランスが崩れてしまいます。真面目な人ほど、その傾向にあります。
子育て期の過ごし方には「情報格差」があり、「環境」の個人差も大きい。この2つを、ひとりひとりの講座と、しくみの両方から変えていきたいんです。
「良いママ」より「幸せなママ」になりませんか?
――最後に、名古屋のママとプレママへメッセージをお願いします。
「子どもを幸せにしたい」と、ひとりで頑張ってきたあなたへ。「良いママ」を目指すのは、そろそろお休みして大丈夫です。一緒に、幸せなママになりましょう!
笑顔を作って、心で泣いている状態は、子どもに透けてみえてしまいます。ママが心の底から笑って日常を過ごせたら、巡り巡ってそれは「お子様の幸せ」に繋がっていきます。
数ヶ月後のあなたが、心の底から笑顔でいられるように。今できる準備を、いっしょに始めましょう!

上条厚子さん プロフィール
NPO法人ママライフバランス 代表理事/親のがっこう 代表。1981年生まれ、名古屋市出身、2児の母。2007年に長女を出産し、「子どもはかわいい」けど「子育てがしんどい」状態(産後うつ)を経験し、「ちゃんと」よりも「自分らしく」子育てできるパパ・ママを増やすために2016年に子育てセミナー講師として起業。2020年にNPO法人化。
現在は、のべ2万人以上の育児支援実績をもとに開発された法人向け研修「親のがっこう」で男性育休・女性活躍推進を軸に、社員の両立を支援。名古屋市地域子育て支援拠点「ママバラ」「ママバラ吉根」を運営。厚生労働省 共育(トモイク)プロジェクト推進委員、名古屋市 男女平等参画推進委員。NHK「あさイチ」、フジテレビ「ノンストップ!」、中京テレビ「NEWS every.」などメディア出演多数。
- 公式サイト:https://mamabala.jp/